はじめまして。本シェルジュの荒尾 康宏です。初めて投稿させていただきます。

さて、今回紹介するのは『客観性の落とし穴』です。

この本の著者の村上靖彦氏は大阪大学人間科学研究所の教授で現象学的な質的研究を専門にされています。「ケアとは何か」という本も出版され、医療現場や貧困地区の親や子の話をに向き合いケアの定義、いかに彼らの話に耳を傾けるのかを進めるきた方です。

そのような経験を通して、統計的データが示す客観性を重視することによって一人ひとりが得る経験が無視されることによる弊害について本書では指摘しており、一人ひとりの言葉の使い方や感情の揺らぎに目を向けて本人も気づいていないような意味を見つけ出そうとすものです。

本書は、一人ひとりと向き合う上で現象学という手法について説明されています。

1)本日紹介する書籍

客観性の落とし穴

著者:村上靖彦

出版社 ちくまプリマ―新書(2023/6/10) 191ページ

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2)どんな人が読むべき

統計学や数量データを扱うマーケターや経営者の方、本書の視点を得ることでより深いインサイトの発見ができると思います。

3)付箋 ~本書からの内容抽出です

P47 「それは、他人の点数だ(中略)しかも平均点だ。英語と数学の平均点を出して、何が出てくるのか。自分が何を学びたいかが重要だろう。」つまり良い偏差値の学校なるものが仮にあったとしても、その「良い偏差値」は多数の人のデータからなる統計である以上、自分の成績とは関係ないものだというのだ。

P54 当初、統計は世界のリアリティについてのある程度の傾向を示す指標とみなされていたが、時代に統計が世界の法則そのものであると考えられるようになった。

P62 幸福が善あることは私も否定しない。しかし「社会全体の幸福がすべての人々からなる全体にとっての善」とミルがいうとき、排除されたり抑圧されたりする少数の人への配慮が足りないのではないか、という点が気になるのだ。

P81 私たち一人ひとりの経験は、客観性に従属するものに格下げされてきた。数値によって序列化されたときには、一人ひとりの数字にならない部分は消えてしまう。

P83 私が特に大事にしているのは、個人の「経験」を語りだす即興の「語り」である。それは聞き手に、生き生きとしたものとして迫ってくる。生き生きとした経験は、即興の語りの生々しさへと受け継がれる。生き生きとした経験こそが、客観性と数値によって失われたものだ。

P85 私はあえて「語られた言葉をそのまま記録する」ことの重要性を主張していきたい。口癖の使い方や人称代名詞のゆらぎ、言い間違いのなかに、経験のひだと複雑さが表現されるからだ。

P101 経験の切迫感は語りのいびつな手触りを通して伝わる。このいびつさを分析すると、複数のリズムのからみあいが浮かび上がってくる。現実の出来事や状況は決して理路整然と生きられるものではないからだ。

P114 統計学は、たくさんのデータを集めて数学的な処理をすることで、出来事という本来偶然かつ個別的に生じるものから法則性を導き出す手法だ。これは学問の重要な成果だ。(中略)しかし、偶然との出会いから生まれる唯一無二の経験や説明を超えた変化を、統計学は考慮しない。

P141 「共感すれば良い」という人がいるかもしれないが、共感はそんなに簡単なものではない。感情移入は単なる思い込みかもしれない。相手の意図をゆがめ、カタルシスを手にすることで相手を消費していまうことがある。共感は語り手の経験を色眼鏡で見てゆがめているのである。

P143 他者の言葉と経験を尊重すること(つまり他者への暴力を許さないこと)、このことは根本的な倫理的態度となる。現象学的な態度は根本において倫理へと導かれるのだ。

4)今日の気づき

客観性を追求することの弱点、そして、1人の声に向き合うことの重要性の認識を深める上での本書には多くの気づきがありました。

本書では弱者の声を聞くケアの領域でテーマを展開していますが、マーケティング領域でも、人の心を揺さぶるブランドストーリーや統計上の外れ値を深掘りすることなど、共通のテーマが多く存在します。

マーケティングでも、「共感」という言葉をよく使います。本書にもある通り、「共感」したつもりでも、実は「色眼鏡」であったという話はよく聞きます。

そういった意味でも、著者の専門領域である現象学の方法は顧客ヒアリングなど市場調査の際にも参考にすべき点が多くあると感じました。

客観的データはもちろん重要ですが、それと同じくらい一人ひとりの経験に注意深く目を向けるべきこと重要性に改めて気づかされました。

5)本書の目次

第1章 客観性が真理となった時代

第2章 社会と心の客観化

第3章 数字が支配する世界

第4章 社会に欲に立つことを強制される

第5章 経験を言葉にする

第6章 偶然とリズム

第7章 生き生きとした経験をつかまえる哲学

第8章 競争から脱却したときに見えてくる風景

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客観性の落とし穴

著者:村上靖彦

出版社 ちくまプリマ―新書(2023/6/10) 191ページ

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