本シェルジュの平鹿です。

今回とりあげるのは「日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか」。
タイトルを見て、日本礼賛本と思ってしまうかもしれませんが、そんな単純な本ではありませんでした。日本の優れた「経営技術」がアメリカ企業に取り込まれ、それが「経営コンセプト」へと抽象化されて「経営成績」向上に威力を発揮する一方、日本企業はそうと気づかず逆輸入し、 現場の知恵を捨ててしまうだけでなく、経営の混乱を招いている。これが本書の一貫した主張です。そして、この状況から脱するには、日本の経営者の自虐的な認識を改めると共に、 日本のコンセブト化力を強化しなければならないと強く説いています。

前半は、日本発の経営技術が「両利きの経営」、「オープン・イノベーション」、「リーン」、 「アジャイル」、「ティール」のアイディアの芽となったことが具体例を交えて紹介されます。逆輸入による経営の混乱の描写は、フィクションながら思わず首肯してしまいます。
後半は、筆者の専門分野である「カイゼン」に焦点をあて、筆者自身のコンセプト化の取組を示します。カイゼンを「潜在的には問題解決の連鎖性という特徴を持つ連続体」と捉え、現代にも有効な意義が明らかにされます。

日本でコンセプト化の力が育たなかったのは、企業や産業内の文脈依存度の高さが一因とされます。暗黙知を共有する共同体ではコンセプト化は必要なかったわけです。しかし、企業がおかれる環境は変わりました。

日本は、コンセプト化することが苦手だっただけでなく、コンセプトを現場に適用することにも大きな問題があったように思います。日本や自社の風土の上にコンセプトを業務に具体化できなければ、日本の強みは土台から失われてしまうでしょう。DXしかりです。そして、現場の小さな問題解決を連鎖させるカイゼンの再生は、DXを捉えなおす上でも大きなヒントになると感じたのでした。

1)本日紹介する書籍

日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか

岩尾 俊兵 (著)
329ページ、光文社新書(2023/10/30)
https://bit.ly/3I9pGG3

2)本書を選んだ理由 どんな人が読むべき

日本が元気になってほしいと思っている全ての人

3)付箋

それにもかかわらず、日本の経営に対しては、先述のように海外からは今でも高く評価されている一方で、国内では悲観論や自虐がはびこっている状況だ。このような状況が生じる一因は、世の中において「経営成績」と「経営学」と「経営技術」とがいっしょくたに評価されてしまっていることにある。

日本の経営実践、経営技術を基にしたメイド・イン・ジャパンのコンセプトが、いつの間にかメイド・イン・アメリカになってしまい、再度日本に持ち込まれる。...こうした経営技術の逆輸入が、日本企業の経営に実害を生むおそれがある。

実はこのコンセプトは日本の現場においてすでに取り組まれていたばかりか、むしろ自社の現場のほうが先進的であったという場合もあるだろう。すると、無理をして海外由来のコンセプトを現場に持ち込んだ結果、本当はそれよりも先端を走っていた現場の知恵をむざむざ捨ててしまうことになりかねない。

日本企業は、濃密な人間関係にもとづく阿吽の呼吸や根回しなど、文脈に依存するコミュニケーションを得意としてきた。これは日本企業の強みであると同時に、抽象化・論理モデル化の組織能力を低下させた可能性がある。

世界的にも有名なトヨタ生産方式にしても、日産プロダクションウェイにしても、最初のきっかけはこうした小さな知の蓄積と整理だった。

日本の経営技術は、国内の文脈や特定企業内・産業内の文脈に依存したものが多かった。そして、こうした経営技術のうち有望なものを見つけ、論理モデルに変換し、世界中に広めたのはアメリカの研究者やアメリカ企業であった。

それではいったい日本は何に負けたのだろうか。もっとも単純な答えはコンセプト化の力で負けたということだろう。...だが、日本が負けたのはコンセプト化の力だけではない。日本は、日本の経営技術を信じる力で負けているのである。

4)今日の気づき

日本式経営技術が優れているとして、年功序列を始めとする日本的経営は今後どこに着地していくのだろう。

5)本書の目次

序章 日本の経営をめぐる悲観論は正しいのか
第1章 逆輸入される日本の経営
第2章 実践一辺倒の日本、コンセプト化のアメリカ
第3章 経営技術をめぐるグローバル競争時代を生き抜くために
第4章 長年にわたる日本企業の強みもメイド・イン・アメリカに?
第5章 最新シミュレーションで日本の経営技術をよみがえらせる
第6章 コンセプト化とグローバル競争の先にある未来